現在医薬品の半消化態の経腸栄養剤は、2019年に仲間入りしたイノラスを含めて「ラコール、エンシュア、エネーボ、イノラス、アミノレバン」の5つが発売されています。
一体これらは何がどう違うのか、それぞれの特徴をまとめていきます。
※アミノレバンは肝疾患用の経腸栄養剤ですので、今回は比較致しません。
※※食品扱いの食品濃厚流動食についても比較致しません。
医薬品経腸栄養剤の違いを知ることで、「より効率的に栄養補給が可能なもの」「長期使用に適しているもの」「患者さんの利便性に優れているもの」「患者自己負担が少ないもの」といった使い分けができるようになります。
現在、経腸栄養剤には医薬品、食品扱いのものを含めて様々な種類のものがあります。たくさんある経腸栄養剤からどのようなものが適しているのかを考えるときに、その入り口として、経腸栄養剤の基本的な分類を知っておくことが重要です。経腸栄養剤はその[…]
ラコールNF、エンシュア、エネーボ、イノラス
今回まとめていくのは医薬品の半消化態栄養剤の中から、「ラコールNF」、「エンシュア」、「エンシュア・H」、「エネーボ」、「イノラス」の5つです。
名前の由来
ラコールNF:Rapid-Control New Formula⇒速やかな栄養管理ができる経腸栄養剤で、フィトナジオン(ビタミンK1)量を減量した新しい組成であることによる
エンシュアリキッド:ENSURE(確実にする)⇒エンシュアリキッドの摂取によって栄養補給を確実にする
エネーボ: EN(Enteral Nutrition:経腸栄養)EVO(Evolution:進化)
イノラス:Enteral Nutrition + Oral Nutritional Supplements⇒ONS(経口的栄養補給)にも適した経腸栄養剤
発売元(発売日)
大塚製薬工場:ラコールNF(2011年)、イノラス(2019年)
アボットジャパン:エンシュア(1988年)、エンシュア・H(1995年)、エネーボ(2014年)
ラコールは1999年に承認されていますが、東日本大震災後、ワーファリンの作用減弱リスクを考慮し、ビタミンK₁量を1/10に減らしたラコールNFとして2011年より発売されています。

エネルギー、浸透圧
ラコールNF | エンシュア | エンシュア・H | エネーボ | イノラス | |
エネルギー濃度(kcal/mL) | 1.0 | 1.0 | 1.5 | 1.2 | 1.6 |
容量 (mL/本) | 200・400 | 250 | 250 | 250 | 187.5 |
1本あたりのエネルギー(kcal/本) | 200・400 | 250 | 375 | 300 | 300 |
浸透圧 (mOsm/L) | 330~360 | 330 | 540 | 350 | 670 |
それぞれエネルギーの濃度が異なってきます。エネルギー濃度が高いと、それだけ少ない量で多くのエネルギーを投与可能になります。
経腸栄養剤は継続して飲まなければならない場面が多く、1日に何本も飲むことは患者さんにとって非常に大きな負担です。目標の量まで飲めないということも少なくありません。少ない量で済むことは患者さんにとって大きなメリットです。
この中では一番新しい「イノラス」の売りの一つが、この”エネルギー濃度”でもあります。
イノラス発売前までは、最も高カロリーのものといえばエンシュア・Hだったのですが、それを追い越しました。
エネルギー濃度が増えてくると、浸透圧性の下痢に注意が必要になります。
これは「高浸透圧性の下痢」といい、投与速度を遅くすることで改善することがあります。高浸透圧性の下痢に対して、半消化態栄養剤を水で薄めることは細菌汚染の点からするべきではありません。
糖質・タンパク質・脂質・NPC/N比
ラコールNF | エンシュア | エンシュア・H | エネーボ | イノラス | |
糖質(g/100mL) | 15.6 | 13.7 | 20.6 | 15.8 | 21.2 |
タンパク質 (g/100mL) | 4.38 | 3.52 | 5.28 | 5.4 | 6.4 |
脂質(g/100mL) | 2.23 | 3.52 | 5.28 | 3.84 | 5.15 |
NPC/N比 | 117 | 152 | 152 | 116 | 131 |
同じ量(100mLあたり)での3大栄養素の量を比較してみました。
5製品の中では高カロリーの部類であるエンシュア・Hとイノラスは脂質(9kcal/g)の含有量が多くなっています。
NPC/N比について、数字が小さいほどタンパク質の濃度が高くなるイメージです。
非タンパクカロリー/窒素比とはアミノ酸が効率よくタンパク合成をすることができるための指標です。この指標は患者の状態、病態によって異なるためこれを理解することで適切なタンパク質(アミノ酸)の投与が可能になります。これは栄養療法において、フレ[…]
水分、粘度
ラコールNF | エンシュア | エンシュア・H | エネーボ | イノラス | |
1本あたりの水分(mL) | 170 (200mL中) | 213 (250mL中) | 194 (250mL中) | 203 (250mL中) | 140 (250mL中) |
水分含有率 | 85% | 85% | 78% | 81% | 75% |
100mLあたりの水分量(mL) | 85 | 85 | 78 | 81 | 75 |
粘度 (mPa・s) | 5.51~6.52 | 9 | 17 | 16 | 17 |
各経腸栄養剤の水分量は見た目の量とは異なります。
例えば、ラコールを200mL投与しても実際の水分投与量は170mLとなります。
特に入院中の患者さんに対して1日の必要水分量を考えて、目標量の設定などをすることもあるかと思います。
この際に、見た目の量(ラコールなら200mL)で計算してしまうと、計算上は目標の水分量を達成していても、実際の水分量はそれよりも少なくなってしまいます。
水分量が少なければそのまま脱水につながってしまうため注意が必要です。
また、「粘度」という液体の粘り気、流れやすさを表す指標も水分量と関連しています。
粘度の影響はチューブを利用した経管栄養の際に出てきます。
チューブの口径が小さくなればなるほど、また、経腸栄養剤の粘度が高くなればなるほど栄養剤がチューブを通りにくくなる可能性があります。
ちなみに形状が違うのですが、「ラコール半固形」は粘度が6500~12500mPa・sとなっています。自然にチューブを流れることがないのでシリンジや専用アダプタを使用するのですが、力がいるので疲れます。

特徴的な栄養成分
成分表
ラコールNF | エンシュア | エネーボ | イノラス | |
魚油(g/100mL) | 0.04 | 0.36 | ||
MCT:中鎖脂肪酸 (g/100mL) | 0.75 | 0.52 | 0.81 | |
食物繊維 (g/100mL) | 1.52 | 1.6 | ||
カルニチン (mg/100mL) | 12.8 | 26.7 | ||
タウリン (mg/100mL) | 18 | |||
セレンSe (μg/100mL) | 2.5 | 8.0 | 9.0 | |
モリブデンMo (μg/100mL) | 13.6 | 5.3 | ||
クロムCr (μg/100mL) | 12.4 | 7.0 | ||
ヨウ素I (μg/100mL) | 23.0 |
※カルニチン以下、単位が変わっている(mg,μg)のでご注意ください。
脂肪源:魚油、MCT
栄養剤の脂肪源として、魚油やMCT(中鎖脂肪酸)が使用されているものがあります。
魚油はω3系脂肪酸に分類され、人の体内では生成できない必須脂肪酸でもあります。
ω3系脂肪酸には植物にも入っているのですが、魚油にはDHA,EPAが入っており、これらは炎症を抑制する作用が期待できます。
MCT(中鎖脂肪酸)は脂肪酸として一般的なLCT(長鎖脂肪酸)と比べて吸収が早く、吸収不良の際にも吸収されやすいという特徴があります。そのため、脂肪酸のもつ大きなエネルギー(9kcal/g)を速やかに体に補給することが出来ます。
食物繊維
ラコールNF、エンシュア、エネーボ、イノラスの中では、エネーボ、イノラスにのみ食物繊維が含まれています。(※例外としてラコールNF半固形剤にも食物繊維は入っています。)
エネーボには「難消化性デキストリン」と「大豆多糖類」、イノラスには「イヌリン」という水溶性食物繊維が含まれています。
水溶性食物繊維は血糖値の急激な上昇を抑えたり、腸内細菌に発酵されることで短鎖脂肪酸となり、大腸粘膜細胞の栄養になるなど多彩な働きを持ちます。
食物繊維と聞くと栄養という分野ではあまり重要ではないというイメージがあるかもしれませんが、その機能は非常に重要ですのでまとめていきます。食物繊維とはヒトの消化酵素で消化されず、小腸から吸収されないまま大腸に達するものをいい、水溶性食物繊[…]
ちなみにエネーボには、フラクトオリゴ糖という難消化性の糖質も含まれており、フラクトオリゴ糖には整腸作用があります。
微量元素、その他
各栄養剤にはそれぞれ、基本的には人が生きていくのに必要なだけのビタミンや微量元素などが含まれています。
経腸栄養剤を食事にプラスアルファとして使用しているのであれば問題は少ないのですが、経腸栄養剤しか摂取できず、それが長く続いた場合に、一部の微量元素が欠乏してくる可能性があります。
最近では特にセレン(Se)の欠乏症を中心に微量元素の欠乏症がよく聞かれるようになっているのですが、エネーボ、イノラスでは微量元素の種類も多くカバーしています。
また、微量元素ではないのですが、タウリン、カルニチンという物質も含まれているものがあり特徴的です。
モリブデン:有害成分の無毒化、排泄
ヨウ素:甲状腺ホルモンを構成
カルニチン:長鎖脂肪酸をミトコンドリア内に運搬
タウリン:胆汁の主成分
味・フレーバー
ラコール(200mL):ミルク、コーヒー、バナナ、コーン、抹茶
ラコール(400mL):ミルク
エンシュア:バニラ、コーヒー、ストロベリー
エンシュア・H:バニラ、コーヒー、バナナ、黒糖、メロン、ストロベリー、抹茶
エネーボ:バニラ
イノラス:ヨーグルト、りんご、※NEW:2020年8月よりコーヒー、いちごが追加
味・フレーバーは経腸栄養剤を継続して使用する上で重要です。
飲みにくい味であれば負担になりますし、毎日飲む際には同じ味だと飽きてしまいます。
そのため各栄養剤(エネーボ以外)は色んなフレーバーを用意して、必要量を継続して使用できるように工夫しています。


包装形態
缶:エンシュア、エネーボ
アルミパウチ:ラコールNF(200mL)、イノラス
バッグ:ラコールNF(400mL)
包装形態は患者さんの利便性に関わります。
缶であれば、そのまま飲むことができるというメリットがありますが、持って帰るときにかさばり、重たく、捨てるときには手間になります。手が不自由な方だと缶を開けにくいこともあります。
アルミパウチのものは、容器に移して飲む必要がありますが、持ち帰るときや捨てるときに楽であり利便性に優れます。
ラコールNFのアルミパウチ 引用:大塚製薬工場 ラコールNF配合経腸用液
バッグのものはラコール(400mL)だけですが、これは経管チューブなどに直接接続することを目的としています。

薬価(2020年度)
ラコールNF | エンシュア | エンシュア・H | エネーボ | イノラス | |
1mLあたりの薬価(円) | 0.7 | 0.54 | 0.94 | 0.73 | 1.57 |
1本あたりの薬価(円) | 140 (200mL) 280 (400mL) | 135 (250mL) | 235 (250mL) | 182.5 (250mL) | 294.375 (187.5mL) |
1kcalあたりの薬価(円) | 0.7 | 0.54 | 0.63 | 0.61 | 0.98 |
「薬価」とは、国(厚生労働省)が決めた薬の金額のことです。
医薬品半消化態栄養剤は1mLあたりの金額が設定されています。
病院や調剤薬局はこの金額に基づいて医薬品を卸から購入し、患者さんにお渡しします。
患者さんに渡す際の患者自己負担は通常3割ですが、患者さんによって0~3割で変動します。
自己負担3割でイノラス1本をもらう場合、薬価が294.375円ですので、その3割として自己負担は約90円ということになります。
各経腸栄養剤ごとに栄養成分の構成が異なり、薬価とその成分を一概に比べることは難しいです。ラコールNF、エンシュア、エンシュア・H、エネーボ、イノラスの中では、イノラスが一番新しく、栄養成分が1mLあたりにたくさん入っているので薬価は一番高くなっています。
医薬品半消化態経腸栄養剤(ラコールNF、エンシュア、エンシュア・H、エネーボ、イノラス)の特徴まとめ
ラコールNF
- エネルギー濃度が低いため(1kcal/mL)、浸透圧性の下痢が他に比べて生じにくい
- アルミパウチのため、特に外来において患者さんの利便性が高い
- 包装形態、剤形が複数あり、包装形態としてはアルミパウチ(200mL)、バッグ(400mL)があり、今回は触れていませんが、剤形としては通常の液体以外に半固形剤もある(ラコールNF経腸用半固形剤)

エンシュア
- エネルギー濃度が低いため(1kcal/mL)、浸透圧性の下痢が他に比べて生じにくい
- 薬価は最も安い
エンシュア・H
- イノラス登場前は最もエネルギー濃度が高く、広く臨床で使われてきた
- 味・フレーバーの種類が最も多く、患者さんの嗜好に対応しやすい
- 同じようなエネルギー濃度のイノラスに比べて薬価が安いため、患者自己負担が少ない
エネーボ
- ラコール、エンシュアにはない食物繊維、微量元素を含み長期間の経腸栄養剤の使用に適している
- イノラスにも食物繊維、微量元素に同様の特徴があるが、エネーボはイノラスに比べて薬価が約半分であること、浸透圧が低いため浸透圧性の下痢を生じにくいという点が優れる
イノラス
- エネルギー濃度が最も高く、他の経腸栄養剤に比べて少量で1日の必要エネルギー量を満たすことが可能
また、1日3本の投与で1日に必要なビタミン・微量元素をほぼ充足可能 - ラコール、エンシュアにはない食物繊維、微量元素を含み長期間の経腸栄養剤の使用に適している
- アルミパウチのため、特に外来において患者さんの利便性が高い
最後に
恥ずかしいのですが、私の医薬品経腸栄養剤についての理解はもともと、「栄養剤ね、カロリー、味が違うのね」くらいでした。
しかし病院でNSTに参加し、医薬品経腸栄養剤の違いを知ることで「1日投与エネルギー量が少ないです。ラコールNFで下痢もしていないようだし、エンシュア・Hに変更するのはどうですか?」という提案ができるようになりました。
経腸栄養剤は、ただ渡すだけではなく、どのようなものかを理解すればもっと面白くなる分野だと思います。
今回の内容が、医薬品経腸栄養剤の使い方・理解に迷っている方に、少しでも助けになれば幸いです。